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フィクション大魔王・阿部日ケ~ンのサル芝居
あべひ問題を語る」掲示板の見出しには「掲示板やブログを運営する創価学会員へアドバイス」のひとつに、こういうことを載せております。

・阿部日ケ~ン(院政)が開設したブログの閲覧は、IPを晒される場合があります。Googleキャッシュかネットカフェでたまに見る程度で十分です。

「アドバイス」に掲載されている内容の一部を「誹謗中傷」とほざいていたはずのあべひなのだが、そのあべひが、どこをどうトチ狂ったのか、自分のブログにアクセスがあった「IP情報」を「魅惑的な人々」のブログに晒すという所業をやってたようです。

不正アクセスや荒らし中傷の「書き込みをした者」に対する報復措置としての「IP晒し」はよく聞く話ですが、「ブログや掲示板を閲覧した者」のIPを晒すというのはそれほど聞かない話だし、私の知る限りでは、創価学会の中傷をしているホームページの運営者と思われる某人物が「自分のHPにやってきた創価学会員のIP情報」とか称して30いくつもまとめて2ちゃんねるに晒したのを見たことがあるくらいです。(一般的プロバイダのIP情報だけでユーザーの宗旨がわかるのか?)


「あべひ問題掲示板」の「アドバイス」に対する対抗措置を考えるとするならば、

「アンチあべひの皆さ~ん! IP晒しの話はデマですよ~! ブログの閲覧は大歓迎なので、どんどんアクセスしてきて下さ~い!」

くらいに鷹揚に構えればいいものを、あべひという奴は相当に猜疑心が強いのでしょうか?

私(kachi_kachi_yama)が関知していない「一般人のIP情報」を、あべひは自分を批判しているサイトの「アドバイス」に"書いてある通り"に晒すという奇妙キテレツとも言える行状を見るにつけ、あべひという人物が本当に「馬鹿な奴」だとの思いはますます深まるばかりです。



さて、その「魅惑的な人々」ブログには、あべひの「サル芝居」とも「後出しジャンケン」とも称すべき主張も載ってたみたいです。


私は小説を手にすると「あとがき」を先に読んでしまう事が往々にしてあります。
それは一つの物語を書き後世に残すの著者の思いが如実に反映されていると
考えているからです。


私の菊川さんに対する批判の論点を「そもそも論」にすり替えるのは、
かえって菊川さんや他人の論拠に相乗りをして罵詈雑言を投げかける人が
いかに不利なのかを逆証明しているようなものではありませんか。

もしかすると閻魔オヤジさん(注:あべひ問題掲示板の投稿者「エンマ親爺」のこと)
戸田城聖著 小説人間革命(下)【聖教文庫版】の256ページに
戸田先生が「人間革命の真髄-あとがきに変えて-」を寄稿されている事を
わすれておられるのかもしれません。
そこには明確に自著のとらえ方が書かれています。


閻魔オヤジさんにも菊川さんにも問いましょう。

戸田先生はどのように自著の「人間革命」を読んで欲しいと書かれていますか?


聖教文庫版・戸田城聖著「人間革命」(下)の256ページに関する話題ならば、5月11日に掲載した「フィクション大魔王・阿部日ケ~ン(その2)」の記事にて、私がとっくに出しておりましたよん。


「人間"失格"」のフィクション大魔王・阿部日ケ~ン(その2)より再掲

そもそも、戸田城聖著「人間革命」における「登場人物の描き方」については、戸田先生も、自分の著作した「人間革命」の「あとがきに相当する部分」でおっしゃってることがあるわけで、出すのであるならば、先にその記述を出せばいいものを、あべひはそこを出さずに、わざわざ、平成の時代に執筆された「新・人間革命」の記述を持って来ているのだ。
(そりゃ、あべひが戸田城聖著「人間革命」の本を持ってなければ、戸田先生がおっしゃってたことを出せないでしょうね。笑)


-----(再掲記事はここまで)-----


私が「あとがきに相当する部分」の暗示で指摘していたこの話こそ、まさしく、聖教文庫版・戸田城聖著「人間革命」(下)の256ページのことを話題にしていたわけです。


◎カチx2
「戸田先生も、自分の著作した『人間革命』の『あとがきに相当する部分』でおっしゃってることがあるわけで」


●あべひ
「私は小説を手にすると『あとがき』を先に読んでしまう事が往々にしてあります」


◎カチx2
「そもそも、戸田城聖著『人間革命』における『登場人物の描き方』については」

●あべひ
「私の菊川さんに対する批判の論点を『そもそも論』にすり替えるのは」



◎カチx2
「そりゃ、あべひが戸田城聖著『人間革命』の本を持ってなければ、戸田先生がおっしゃってたことを出せないでしょうね。笑」


●あべひ
「戸田先生はどのように自著の『人間革命』を読んで欲しいと書かれていますか?」




あべひの発言をよぉ~く分析して見ると、「戸田先生の人間革命を持ってないだろ」「新・人間革命の記述をねじ曲げている」等々の私の指摘を相当なまでに意識しているのがすっかりバレバレの内容であり、読んでいて笑いが止まりませんでした。



※「ハイ!授業中」(作詞:伊藤アキラ 歌:松本ちえこ)の歌詞より
(世代がわかってしまうな~ 苦笑)

 歴史 wah wah yeah yeah yeah!
 ヒトのはじめはサルだった
 サルのまんまのヒトもいる
 wah wah yeah yeah 授業中!



「鬼畜坊主のハンドルネーム」を名乗っている滋賀のはぐれ迷惑ザルが「人間革命」するのは、はたして「却後過無量劫 / 却って後、無量劫を過ぎて」(法華経 提婆達多品第十二)の話にでもなるのだろうか?


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by kachi_kachi_yama | 2012-05-31 17:30
フィクション大魔王・阿部日ケ~ンの悪あがき
※戸田城聖著「人間革命」一連の議論に関連した過去ログ

戸田城聖著「人間革命」読まずに異見?あべひ

戸田城聖著「人間革命」読まずに異見?あべひ(その2)

やっぱり!戸田城聖著「人間革命」読まずに異見を続けたあべひ(哀)

戸田城聖著「人間革命」を読みましょう

「人間"失格"」のフィクション大魔王・阿部日ケ~ン(その1)

「人間"失格"」のフィクション大魔王・阿部日ケ~ン(その2)

富士宮ボーイのデマ男・マグマグ


※菊川広幸氏のブログ「月下の騎士」の記事

創価の森ブログを揶揄する自称学会員の本性

続・創価の森ブログを揶揄する自称学会員の本性





諸般の事情で、私が2週間ブログを休んでたところ、休んでいた期間中に、やっとあべひが戸田城聖著「人間革命」の本を手にしたらしい。

もっとも、「新・人間革命」の記述ですら、自分に都合よく話をねじ曲げるあべひのこと。仮に、戸田先生の人間革命を手にしたところで、あべひがまともな話をすることは元から期待すらしていなかったのだが、やはり、あべひが当初主張していた「戸田先生の『人間革命』は…ノンフィクション小説であることは論をまちません」の論証はなし。発言の撤回もなしのまま、今度は、富士宮ボーイNo.35081にて、


問題にするべきは 戸田城聖著の「人間革命」で書かれている事を
「ほとんどフィクション」と紹介すれば、ただの娯楽作品として貶めているの
ではないかという自称学会員表現者としてのありかたです。


の論理で批判してたらしい。


●最初
戸田先生の『人間革命』は創価学会という実在の宗教団体を描いたノンフィクション
小説であることは論をまちません。

(池田先生の人間革命のことを言ってるかのような紋切り型の言い回し)

●次
『ほとんどがフィクション』だと断定した事を批判している
(「ほとんどフィクション」は、菊川氏の発言ではなくあべひの造語)

●最近
問題にするべきは 戸田城聖著の『人間革命』で書かれている事を『ほとんどフィクション』と紹介すれば、ただの娯楽作品として貶めているのではないかという自称学会員表現者としてのありかたです。
(異なる概念であるはずの「フィクション」と「娯楽作品」をごっちゃにしてるあべひ)


菊川氏曰く「戸田先生の人間革命は多くはフィクションで書かれています」というひとつの発言に対して、批判の理由付けがこうもコロコロと変遷し、最初に主張していた「ノンフィクション」の主張を煙に巻こうとするあべひの詭弁術を見て「自分の発言に対する責任感の欠如」という思いを抱くのは、私だけだろうか?


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※お知らせ。

今後、当ブログの更新頻度は不定期になります。いわゆる、短い期間に集中的に投稿する場合もあれば、今回みたいに長期間の時間が空く場合もあります。
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by kachi_kachi_yama | 2012-05-28 08:00
富士宮ボーイのデマ男・マグマグ
優秀な論客がほとんど去ってしまい、現在は閑古鳥が鳴くばかりとなってしまった富士宮ボーイにおいて、唯一、あべひとつるんでいる古参住人「マグマグ」と称する人物が、余りにも「低次元」なデマ話を垂れ流していたので、ここに取り上げることにする。


※「富士宮ボーイ」より抜粋。

No.35034 【批判】フィクションかノンフィクションかの低次元さ。 投稿者:マグマグ 投稿日:2012-05-10 20:20:51 ID:7a84a6067

(中略)

ここで読者諸賢にお読み頂きたい。(戸田)先生がご存命中の池田先生の指導だ。

――小説「人間革命」の巌理事長が、身をもって体験した牢獄の重難のなかに/略/ついに、自らの生命が仏であり、過去久遠のむかしより地涌の菩薩であったことを確信して、歓喜にふるえ、「よし、僕の一生は決まった!この尊い法華経を流布して生涯を終わるのだ」との、強い決意を胸にきざみ/略/と叫んだ姿こそ、一切大衆救済の願望する真の人間革命である。/略/これは、竜の口における大聖人のご確信にも通じ、宗教革命を叫ぶ者の真の姿である。(昭和32年8月「人間革命の精神」)――

(戸田)先生は、この指導の8ヶ月後、偉大な生涯を終えられる。ここで、諸賢はご確認頂きたい。当時、池田先生は青年部参謀室長。戸田先生の「フィクション」(虚構、作り話し)をもとに、学会の総指揮をとられたか。そんなことは、断じてあり得ない。



ちなみに、マグマグと称する人物が「池田先生の指導」と称して持ち出して来た「人間革命の精神」は、実際は、当時の「大白蓮華」巻頭言に掲載されていた「戸田先生の指導」なのだ(大爆笑)

「戸田城聖全集・第1巻」(聖教新聞社刊)264ページにも収録されており、「昭和32年」の日付と、持ち出してきた指導のタイトルと文体及び論調にピンと来て、全集を引っ張りだして該当箇所をめっけた時は、大笑いするとともに、本当に呆れてしまったものだ。

マグマグと称する人物に言っておく。

戸田城聖著「人間革命」を持ってるのであるならば、論ずる時は、書籍からの引用を行った上で論ずるべし。

本を持ってないのであるならば、本の内容を確認しないまま、この話題に首を突っ込むのは、かえって恥をかく結果になるだけだから、やめた方がよいぞ。



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by kachi_kachi_yama | 2012-05-12 11:40
「人間"失格"」のフィクション大魔王・阿部日ケ~ン(その2)
え゛~~っ!!これが「再・反・論」だったの~~!!(爆笑)


※「富士宮ボーイ」より抜粋。

No.35032 アンチあべひサイトの人々 投稿者:阿部日ケ~ン(院政) 投稿日:2012-05-10 12:48:29 ID:f5228dee3

(中略)

私のブログにはすでに趣旨がずれた「三猿運動」と戸田先生の人間革命
「フィクション」説の再反論を4/28日の段階でしています。


(中略)

【内】 創価の「騎士」とカチカチ山の共闘関係・三猿運動の欺瞞

(中略)

※論点をすり替えて「小説を持っているのか?」と執拗に責め立てる様子は
 親分に褒められた子分のようで小児的ですらあります。



小説の内容と池田先生の発言を引用して論証していた私から「小説を持っているのか?」の趣旨で執拗に責め立てられても、小説から一行半句の引用も出来ずに「小児的」と揶揄するしか「反論」の手がないあべひの方こそ、「小児的」というよりも、ネットで様々なズレた主張を繰り返したあげく、学会員どころかネット法華講員からもボコボコにされている状態の黒川和雄だろう(笑)


さて、今回は連休前に掲載した私の反論で「片腹痛いばかり」「あべひの釈」と簡単に触れていた個所について、今回は、あべひの「子供騙し」の手口を紹介するため、改めて取り上げることにする。


※「富士宮ボーイ」より抜粋再掲。

No.34993 人間革命フィクション説の援護になってませんよ むしろ逆です 投稿者:阿部日ケ~ン(院政) 投稿日:2012-04-26 12:18:05 ID:fbdf445af

(中略)

また新・人間革命第一巻の冒頭「はじめに」の部分には以下のようにあります。

「また、恩師の精神を未来永遠に伝えゆくには、(中略)私の偽らざる心境であった」

(小説・新人間革命 第一巻2ページ「はじめに」~ 聖教新聞社刊)

この後には登場人物にはモデルはあっても、事実とは異なる演出がされている
ケース等が「これまで同様」、つまり戸田先生の人間革命と同じ手法でとられており
「どこまでも小説上の人間像としてご理解いただきたい。」と断り書きまで
されている事を菊川さんもカチカチ山さんもご存じないようです。



さて、あべひが示している「これまで同様」の記述について、「戸田先生の人間革命」「戸田先生の人間革命と同じ手法」とするあべひの解釈が本当に正しいのかどうか?

まずは、あべひが「この後には」で指し示していると思われる「新・人間革命」の該当個所をここに挙げてみることにする。


※池田大作著「新・人間革命」第1巻「はじめに」 より

なお、登場人物については、これまで同様、一部の人を除いて仮名とさせていただく。また、複数の人びとを一人の人物として描くことも、反対に一人が複数の人物として登場することもある。したがって、登場人物とモデルとした実在の人物とは、必ずしも同じではない。どこまでも小説上の人間像としてご理解いただきたい。


池田先生は、「新・人間革命」の「はじめに」の個所で、「新・人間革命」における「登場人物の描き方」のことをおっしゃっているが、池田先生がここでおっしゃっている「これまで同様」について、あべひはここを「戸田先生の人間革命」と解釈し、「新・人間革命」における登場人物の描き方を「戸田先生の人間革命と同じ手法」としている。

そもそも、戸田城聖著「人間革命」における「登場人物の描き方」については、戸田先生も、自分の著作した「人間革命」の「あとがきに相当する部分」でおっしゃってることがあるわけで、出すのであるならば、先にその記述を出せばいいものを、あべひはそこを出さずに、わざわざ、平成の時代に執筆された「新・人間革命」の記述を持って来ているのだ。
(そりゃ、あべひが戸田城聖著「人間革命」の本を持ってなければ、戸田先生がおっしゃってたことを出せないでしょうね。笑)


また、「新・人間革命」の「断り書き」について、あべひは「菊川さんもカチカチ山さんもご存じないようです」とのたまっているが、それをいうならば、精文館書店版の「人間革命」を手にした昭和32年当時のすべての読者は、平成の時代に出版された「新・人間革命」の「断り書き」なんて知るはずもないではないか(笑)


さて、「これまで同様」の記述に関するあべひのゴマカシについて、読者の方は気がついただろうか?

「新・人間革命」の前作は、戸田城聖著「人間革命」ではなく、池田大作著「人間革命」であることは、学会員の皆様は御存知であろう。


※池田大作著「人間革命」第1巻「はじめに」 より

(戸田)先生に縁する登場人物は、おそらく数百名になんなんとするだろう。これらの登場人物のうち、牧口常三郎先生と戸田城聖先生とだけが実名であり、あとはことごとく仮名であることを御承知ねがいたい。実在の一人の人物が、時には二人の仮名を必要とすることもある。あるいは実在の二人の人物が、一人の人格として仮名で登場することもあろう。また、三人が一人にしぼられ、いや無数の人々が、たった一人の人物を名乗って現れてくるかもしれない。

(中略)

最後に、この小説が数年間にわたってつづけられ、おそらく十数巻になることを読者にご了承ねがい、御支援を乞う次第である。


池田大作著「人間革命」における登場人物の描き方について、池田先生は「新・人間革命」と同様のことをここでおっしゃっているものの、ここでは「新・人間革命」の「これまで同様」に相当する記述はない。

すなわち、「新・人間革命」の「これまで同様」が指しているのは、あべひ曰く「戸田先生の人間革命」ではなく、池田大作著「人間革命」のことを指しているのは明らかだ。

戸田先生の人間革命は読んだのかどうか「得体の知れない」あべひでも、池田先生の「人間革命」は、富士宮ボーイ等で数多くの引用を行なっている状況から、当然、第1巻は読んだことがあるだろうし、(特に「元牙城会」が事実ならば、あべひも牙城会大学校時代の指導会で、池田先生の人間革命読了を散々言われたはずだ)私が引用した個所の「登場人物の描き方」について、長年学会員をやっているあべひが知らないはずはない。

池田大作著「人間革命」の記述を薄々知りながら、あべひはわざわざ「新・人間革命」の記述を持って来て「戸田先生の人間革命」「戸田先生の人間革命と同じ手法」と我見の解釈を強弁してゴマカシを図ろうとすること自体、保身のためには、私や菊川氏の主張をねじ曲げるばかりではなく、師匠の重書ですら、その主張をねじ曲げることをして恥じないあべひのどす黒いまでの腐った心根がおわかりいただけよう。


※富士宮ボーイNo.34995でほざいていたあべひの泣き言

アンチあべひブログ(注:「あべひ問題を語る」掲示板の表記のことと思われる)には
「人間のクズ阿部日顕よりもクズな奴」「日顕のクズ・あべひ」 等々
誹謗中傷の限りを尽くしているカチカチ山さんである。


自ら望んで名乗った「阿部日ケ~ン(院政)」に対して
日顕のクズ・あべひ」は、
まさしく、ハンドルネームに倣ったふさわしい表現だよね。


最上級の「ホメ言葉」に対して
今になって「誹謗中傷」等の愚痴・泣き言をほざく
あべひの醜態は、
まるで「日・顕・宗」の呼称を嫌っている
日顕宗門や法華講員みたいですなぁ~(呵々大笑)



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by kachi_kachi_yama | 2012-05-11 00:10
「人間"失格"」のフィクション大魔王・阿部日ケ~ン(その1)
連休中は御無沙汰してました。

さて、創価学会員にとっての重書とも言える「人間革命」に関して、エエカゲンな話をほざいてた先日のあべひに対する破折を「再開」することにしよう。

連休前の更新記事で、戸田先生のモデルとされている巌さんと巌さんの妻であるおつやの会話を掲載したが、この記事をアップして以降から本日に至るまで「人間革命」の話について、あべひの再々反論は行われてないようだ。

もっとも、戸田城聖著「人間革命」を持っていないと思われるあべひに、書籍を引用しての反論は無理だろうし、万々が一に反論があった場合でも、当然、私はそこのところを何度でもツッコミを入れるつもりだ(笑)


ところで、戸田城聖著「人間革命」の最初の場面では、人物設定が貧乏人の植字工とされている巌さんが、妻のおつやから日蓮大聖人の仏法と牧口先生の大善生活の話を聞かされて「日蓮を拝むなんていうことが下等なんだ!」「大嘘吐き野郎の牧口」と罵る場面が描写されているが、この後には、巌さんの妹からの勧めで、巌さん夫婦が「題目を唱える某邪宗」の信仰に励む姿も描写されている。

いわば、モデルとされている戸田先生と正反対に近い描写もなされている巌さんの態様を見れば、これらの描写が「フィクション」だと判断することくらい、長年学会員をやっている人間であるならば、容易に理解ができたはずだ。

ゆえに、池田先生も「前半はフィクション」「前半は極力、小説そのものとしてお書きになられた」と言ってたのであり、戸田城聖著「人間革命」を読了済の学会員ならば、「前半はフィクション」とした池田先生の発言に同意することこそあれ、何ら注釈も限定もせずに「戸田先生の『人間革命』は…ノンフィクション小説であることは論をまちません」のあべひみたいなお馬鹿な認識は持ってないであろうと思う。


※富士宮ボーイNo.34995でほざいていたあべひのお馬鹿発言

なぜ同じようなルールで「創価学会」を表現された小説に「差」を付けたがるのか
まったく理解できません。



まったく理解できません」とほざいた理由は、あべひが戸田城聖著「人間革命」を「読んでない」がゆえ、戸田城聖著「人間革命」の前半部に関しては、後半部及び池田大作著「人間革命」「新・人間革命」と「異なるルール」で表現されていることがわからなかったのでしょうね(笑)


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by kachi_kachi_yama | 2012-05-09 21:15