創価学会第二代会長・戸田城聖先生の指導より
「ダルマ」の話を「謗法法主」及び「謗法法主をモデルにしたハンドルネーム」に置き替えて、ネットの内外で展開されている現実に当てはめれば、面白く読めそうでもあり、ネットや現場の教訓にも出来そうな内容です。


※戸田城聖全集第二巻・質問会編より抜粋。(紫色表示

ダルマは謗法になるか

[質問]:謗法払いのことについて、子供がオモチャにしているダルマとか、掛け軸とかというものは謗法になりますか。

そんなのは謗法になりません。おいてもよろしい。ところが、おもしろいのです。信心が深くなってくるとおきたくなくなります。まだ本人の信心が透徹しないで、わからないうちに、謗法払いをしろというと怒ってしまうのです。それで御本尊様を返すようになります。

だから一応あずけておくのです。そのうちに事件が起こるというと、さては、これかな、これはあぶない、ということになります。そうしたら自分でやめればいいのです。


「謗法法主をモデルにしたハンドルネーム」を使ってる某御人も、「ある事件」を機縁にして、謗法のハンネも含めてネットから一時撤退し、現場で信行学の姿勢を立て直していたならば、プロバイダとハンネを変えてのネット再参入で、良質な言論戦を展開できていたのではないかと愚考いたします。



ぼくの友達に、○○さんという人がいるのです。この人が宮島だかへ行ったときに、竹で作ったダルマを買ってきて飾っておいた。それはダルマです。そうしたらいいことがないのです。それで困ってしまった。

そして、事業面でその人をさんざん苦しめた男がいるのですが、そのダルマの話を私にしたから、その顔がダルマに似ていないかといったら、そういえばよく似ているというのです。

ところで、それは竹で作ってあるからなかなかこわれないのです。どうしたらいいか、というから、南無妙法蓮華経と唱えて、三べんナタでたたいて風呂屋へたいてもらうように、持って行くようにといったのです。そのとおりにしてから具合がいいといっています。


「タヌキの置物」に「南無妙法蓮華経と唱えて、三べんナタでたたいて風呂屋へたいてもらうように、持って行くように」…と言っても、今の時代に「薪を燃料にする風呂屋」は、探すのが大変でしょうね(笑)…っていうか、陶器で出来ていたら薪には使えないか(苦笑)

ともあれ、創価学会員とも紛らわしい「謗法法主の類似人」がネットに跋扈する今日この頃。改めて「謗法法主との闘いの決着」を心の片隅にでも置き、本気になって祈るのもいいかと思います。


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by kachi_kachi_yama | 2012-06-21 06:10


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