富士宮ボーイの黒歴史2・ズブズブの関係だった沖浦氏とあべひ
※前回の記事
富士宮ボーイの黒歴史1・「沖浦法論ごっこ」に加担したあべひ



樋田氏と沖浦氏の「法論ごっこ」について、法論終了直後に主に話題にされていた内容は、樋田氏が御本尊のコピーを公衆の面前でヒラヒラさせ、沖浦氏がそれを叱責する場面が強調され、大勝利であるかのような「宣伝」がなされておりました。

たしかに「コピーヒラヒラ」樋田氏の対応が酷かったことはいうまでもありませんが、沖浦側の「成果」として見るべきものといえば「その部分」しかなかったのが実態だったわけです。


さて、この法論に関連してあべひがやったことと言えば

●「樋田コピーヒラヒラ」の場面をGIF動画に編集加工し、樋田氏運営の掲示板等に貼り付けて笑いものにしていた。

●DVDに収録した「法論ごっこ」の動画を、あべひ・富士宮ボーイ管理人・複数の富士宮ボーイ住人がもらっていた。
ちなみに、あべひが沖浦氏に教えた(もしくはすでに教えていた)実名住所等の自分の個人情報について、沖浦氏は、後にあべひを脅迫するための材料として利用したばかりか、沖浦氏によって法華講の関係者に横流しまでされる事態になってしまった。

●「法論ごっこ」の動画をネットへのアップロードに協力した。
あべひがアップロードした動画は現在もネットから撤去されず、まだ残っている状態だ

●「法論ごっこ」以降、樋田氏が逃げ回っているという話がネットに流れている中、富士宮ボーイにて、沖浦氏を「大将(首謀者)」とする「団体法論」の話を持ち出した青年部員の話に「付和雷同」していた。
※「参考資料」
「ネット警察官・あべひ」のお粗末すぎる「犯人探し」
「ネット警察官・あべひ」のお粗末すぎる「犯人探し」(その2)


いわば、「団体法論」の話題に付和雷同していたこの当時のあべひは、「法論ごっこ」の動画までしっかり観ていたにもかかわらず、沖浦氏の教学力に何の疑念も抱いていなかったばかりか、沖浦氏に対して「同志」の域を超えて「シンパ」に匹敵するレベルに「与同」していたとも言えるでしょう。

ところで、あべひがここまで持ち上げていた沖浦氏の信行学の力量について、その実態はどうだったのか?

ネットに数多く残っていた沖浦発言の過去ログから主なものを拾ってみたところ

●「御書学習会」は20余年も行ってない。
独自に御書研鑽を行っていた形跡も見当たらず

●2002年にネットやるまで「正信会」について名前すら知らなかった。
'80年代の沖浦氏は聖教新聞も読まず宗門と学会の動向に無関心だったということ

●「学会教学において、一大秘法は本門の題目」と、入会以降40余年も信じていた。
これは法論翌年の2008年に沖浦氏が「自白」した話。宗旨の根幹でもある三大秘法の基礎教学がお粗末すぎた沖浦氏を象徴する事例でもある。

●創価仏法研鑽掲示板や、ある法華講員との対論において「衆生が本、仏は迹」「もったいなくも御本尊は迹」の主張をしていた。
2005年~06年のこと。「私が本、日蓮大聖人は迹」の沖浦教の信仰観は、この当時にすでに確立されていたみたいだ。

●あの黒川和雄が「れいな」のコテハンを使っていた当時の対論で、沖浦氏は黒川に対して「力のない駄目幹部を人材に見せ活用することが池田先生の力量」「池田先生は権力闘争に勝って第三代会長に就任」の主張をしていた。
私が沖浦氏の存在を知りはじめた頃にこの発言を見た時、私は沖浦氏のことを「反池田の内部アンチ」なのかと思ったくらいだ。

●神戸市役所在勤時代の2004年、病気休暇を不正取得してスキー大会に参加して市役所をクビ(停職処分&依願退職)になり、その不祥事が全国紙やNHKニュースで取り上げられたばかりか、妙観講の機関紙「慧妙」にまで「怠慢公務員の沖浦某」と叩かれた。


当時の沖浦氏が、ネットでの弁舌が巧みだったことは認めるにしても、よくよく観察してみれば、このような問題だらけだったはずの「自称創価学会員」に対して「何の疑いも抱かなかった」節穴眼のあべひが、今では、数多くの学会員ブロガーや掲示板に対して「疑ってばかり」のネット評論家を気取っているわけです。

かつては沖浦氏を「信奉」し、今では数多くの創価学会員に「批判」のくだを巻いているこれらあべひの行状を喩えるならば、さながら、財務諸表を見ただけで「怪しい会社」と判断が容易だったはずの詐欺会社を「推奨銘柄」と宣伝し、自分や他人に多額の損害を与えた投資家が、その過去や投資家としての自身の眼力について、自己総括も自己検証もなおざりにしたまま、「投資アドバイザー」を気取って、数多くの健全経営の会社にイチャモンをつけるみたいなものですね。



※「牧口常三郎箴言集」(辻武寿編、第三文明社)より
信じるべきものを信じない人は、疑うべきものを疑わない人である。


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by kachi_kachi_yama | 2012-07-19 20:30


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